「TSHが少し高いと言われました」
「妊活では2.5以下じゃないとダメなんですか?」
「橋本病があると妊娠しにくいのでしょうか?」
妊活を始めて、初めて甲状腺の数値を意識した方もいると思います。
インターネットで調べると、
「TSHは2.5以下」
という数字が目に入り、
少し超えているだけで不安になることがあります。
でも、現在は、
TSHが2.5を超えたら全員が異常で、すぐ治療が必要
という単純な考え方ではありません。
一方で、明らかな甲状腺機能異常がある場合には、妊娠前からきちんと治療・管理しておくことが大切です。
今日は、妊活中に知っておきたい甲状腺の基本と、検査結果をどう受け止めればよいのかを整理します。
そもそも甲状腺は何をしているの?
甲状腺は、首の前側にある小さな臓器です。
ここから分泌される甲状腺ホルモンは、代謝、体温、心拍、消化管の働きなど、全身のさまざまな機能に関係しています。
そして妊娠を考える女性にとっても大切なホルモンです。
甲状腺機能が大きく低下したり亢進したりすると、月経や排卵へ影響することがあり、妊娠後には母体だけでなく胎児の発育にも関係します。
だからこそ、
「妊活とは別の病気」と切り離さず、必要な場合には妊娠前から整えておくこと
が大切です。
まず知っておきたいTSHとFT4
甲状腺機能を確認するときによく使われるのが、
甲状腺刺激ホルモン(TSH)と遊離サイロキシン(FT4)
です。
TSHは脳の下垂体から分泌され、甲状腺に、
「甲状腺ホルモンを作ってください」
と指示を出すホルモンです。
そのため一般的には、甲状腺ホルモンが不足するとTSHが上がり、甲状腺ホルモンが多すぎるとTSHが下がります。
大まかには、
- TSH高値・FT4低値:甲状腺機能低下症を考える
- TSH低値・FT4高値:甲状腺機能亢進症を考える
- TSH高値・FT4正常:潜在性甲状腺機能低下症を考える
という形で評価します。
ただし、実際の診断では症状、検査値の程度、再検査、自己抗体、薬の影響なども合わせて判断します。
甲状腺機能低下症では、どんな症状が出る?
甲状腺機能が低下すると、寒がり、疲れやすさ、便秘、体重増加、むくみ、眠気などがみられることがあります。
月経周期が乱れる方もいます。
ただし、
「冷えるから甲状腺」
「疲れているから甲状腺」
と症状だけで判断することはできません。
妊活中は、不妊治療そのものによる疲労や睡眠不足でも似た症状が出るため、気になる場合は血液検査で確認することが大切です。
甲状腺機能亢進症にも注意が必要です
甲状腺は低下症だけを気にすればよいわけではありません。
甲状腺ホルモンが過剰になる甲状腺機能亢進症では、動悸、手の震え、汗が増える、体重が減る、疲れやすい、落ち着かないなどの症状がみられることがあります。
代表的な原因の一つがバセドウ病です。
妊娠前からバセドウ病の治療を受けている方では、妊娠初期に使用する薬について特別な配慮が必要なことがあります。
そのため、
妊娠を希望していることを、甲状腺の主治医にも早めに伝えておく
ことが大切です。
「TSHは2.5以下じゃないとダメ」は本当?
ここは、妊活中の方に特に知っておいてほしいところです。
以前は、生殖補助医療(ART)を受ける女性などで、
「妊娠前のTSHを2.5mIU/L未満に」
という考え方が広く使われていました。
そのため今も、
「TSHが2.6だった」
「3.0だった」
というだけで、不安になる方がいます。
しかし、近年は研究が積み重なり、この考え方が見直されています。
日本甲状腺学会の2025年「潜在性甲状腺機能異常症の診断と治療の手引き(妊娠編)」では、妊娠前のTSHが2.5mIU/Lから検査機関の基準上限値付近までで、FT4が正常な状態を正常高値TSHとして区別しています。
この範囲の方に妊娠前からレボチロキシンを使用しても、生産率、妊娠率、流産率を改善しないと整理されています。
つまり、
TSHが2.5を少し超えただけで「妊娠できない」「すぐ薬が必要」と考える必要はありません。
では、TSHはいくつなら問題なの?
ここで大切なのは、インターネット上の一つの数字だけではなく、
その検査施設の基準値とFT4を一緒に見ること
です。
日本甲状腺学会の2025年の手引きでは、妊娠前について、
TSHが検査機関の非妊娠時基準値上限を超え、FT4は正常な場合を潜在性甲状腺機能低下症として扱っています。基準値上限は検査法にもよりますが、概ね4mIU/L前後が一つの目安になります。
ただし、
「4を超えたら全員同じ治療」
という意味でもありません。
TSHの程度、FT4、自己抗体、症状、甲状腺疾患の既往、不妊治療の内容などを合わせて主治医が判断します。
潜在性甲状腺機能低下症とは?
潜在性甲状腺機能低下症とは、FT4は正常範囲にあるものの、TSHが基準値上限を超えている状態です。
「低下症」という名前がついていますが、症状がほとんどない方もいます。
そして、この状態にレボチロキシンを使えば妊娠率や出生率が必ず改善するかというと、現在の研究では結論が単純ではありません。
日本甲状腺学会の2025年の手引きでも、潜在性甲状腺機能低下症に対する妊娠前からのレボチロキシン補充療法が妊娠率や生産率を改善するかどうかについては、現時点では不明とされています。
米国生殖医学会(ASRM)の2024年ガイドラインも、軽度の潜在性甲状腺機能低下症を一律に治療することで妊娠率や出生率が改善するとは確認できていないとしています。
だからこそ、
自分のTSHだけを見て、薬が必要かどうかを自己判断しない
ことが大切です。
明らかな甲状腺機能低下症は、話が違います
ここまで「軽度のTSH上昇」についてお話ししましたが、
TSHが高くFT4も低下している明らかな甲状腺機能低下症
は別です。
妊娠前・妊娠中ともに、適切な治療が必要です。
甲状腺ホルモンは妊娠の成立だけでなく、妊娠維持や胎児の発育にも重要であるため、レボチロキシンを用いて甲状腺機能を整えます。
すでに甲状腺機能低下症で治療を受けている方は、
「妊活を始めます」
「体外受精(IVF)を始めます」
と甲状腺の主治医にも伝えておきましょう。
抗TPO抗体って何?
甲状腺の血液検査では、
抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体)
を測定することがあります。
これは橋本病などの自己免疫性甲状腺疾患でみられる自己抗体の一つです。
ほかに、抗サイログロブリン抗体(TgAb)があります。
抗体が陽性でも甲状腺機能が正常な方はいます。
そのため、
抗体陽性=すぐ薬が必要
ということではありません。
一方で、妊娠や不妊治療をきっかけにTSHが変化することがあるため、自己抗体陽性の場合には甲状腺機能を経過観察することがあります。
抗体があるだけで、流産予防の薬を飲むの?
ここも誤解されやすい部分です。
甲状腺機能が正常で、抗TPO抗体だけが陽性の女性にレボチロキシンを使用すれば、必ず妊娠率や出生率が改善するわけではありません。
現在は、
自己抗体。
TSH。
FT4。
これまでの妊娠歴。
妊娠後の変化。
などを合わせて考えます。
検査結果に「+」と書いてあるだけで、自分で薬やサプリメントを追加しないようにしてください。
月経不順や排卵の変化がある場合は?
明らかな甲状腺機能異常では、月経周期や排卵へ影響することがあります。
そのため、
以前は周期が安定していたのに急に乱れた。
無月経になった。
排卵が不規則になった。
という場合には、甲状腺を含めた原因を確認することがあります。
9月18日公開の記事
「黄体機能不全って本当にあるの?」
でも、黄体期だけを見るのではなく、甲状腺機能など周期全体へ影響する背景を確認することについてお話ししました。
月経や排卵の変化を、
「体質だから」
と決めつけず、必要な検査を受けましょう。
妊活中の全員が甲状腺検査を受けるべき?
施設によって、不妊症の初期検査としてTSHなどを確認することがあります。
一方、ASRMの2024年ガイドラインでは、症状のない不妊女性全員へ一律に甲状腺機能検査を行うことは推奨しておらず、甲状腺機能低下症を疑う症状や月経不順などがある場合にTSHや甲状腺ホルモンを確認する考え方を示しています。
日本でも実際の検査内容は、年齢、症状、既往歴、不妊治療の内容、医療機関の方針によって異なります。
ですから、
「まだ測っていないから病院がおかしい」
「測っていないと妊活できない」
と考える必要はありません。
気になる場合には、
「私の場合、甲状腺機能の検査は必要ですか?」
と主治医へ確認してみてください。
IVFなどの不妊治療中は、甲状腺の数値が変化することもあります
体外受精などでは、卵巣刺激によってエストロゲンが大きく変化します。
その影響で、もともと甲状腺の予備力が低い方などではTSHが上昇することがあります。
そのため、橋本病がある方や甲状腺機能低下症で治療中の方では、不妊治療中に甲状腺機能を確認することがあります。
治療前の数値が問題なかったからといって、その後ずっと測らなくてよいとは限りません。
反対に、
毎回TSHを気にして、自分で治療目標を決める必要もありません。
検査のタイミングは、生殖医療の主治医と甲状腺の主治医に任せましょう。
妊娠が分かったら、甲状腺の薬はどうする?
甲状腺機能低下症でレボチロキシンを内服している方では、妊娠すると甲状腺ホルモンの必要量が増えることがあります。
そのため、妊娠が分かったら早めにTSH・FT4を確認し、必要に応じて薬の量を調整します。
すでに甲状腺の治療を受けている方は、
「妊娠が分かったらどうするか」
を妊活中から主治医と確認しておくと安心です。
医師から妊娠判明時の具体的な増量指示を受けている場合にはその指示に従い、自己判断で増減や中止をしないでください。
妊娠するとTSHの見方も変わります
妊娠すると、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)やエストロゲンの影響によって、甲状腺ホルモンの状態が変化します。
そのため妊娠中は、非妊娠時とまったく同じ基準だけで判断するわけではありません。
「妊活中はこの値だったから、妊娠後も同じでなければいけない」
と考えず、妊娠週数に応じて主治医に評価してもらいましょう。
2026年の日本の産科診療ガイドラインでも、甲状腺疾患を疑う場合にはTSHやFT4を測定し、異常があれば必要に応じて甲状腺疾患に詳しい医師と連携して管理することが示されています。
「甲状腺によいサプリ」を自己判断で増やさない
妊活中は、
「甲状腺にはヨウ素」
「このサプリがいい」
といった情報を見ることがあります。
でも、ヨウ素は不足しても問題になりますが、過剰摂取でも甲状腺機能へ影響することがあります。
日本は海藻を食べる習慣があり、ヨウ素を取りやすい食生活です。
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2025年版)」でも、妊娠中はヨウ素の過剰摂取に注意する必要があるとされています。
普段の食事で海藻を食べることまで怖がる必要はありません。
ただし、
昆布やヨウ素を含む健康食品を毎日大量に取る。
ヨウ素サプリメントを自己判断で追加する。
といったことは避け、甲状腺疾患がある方は主治医へ相談しましょう。
「冷え=甲状腺機能低下症」でもありません
寒がりは甲状腺機能低下症でみられる症状の一つです。
でも、
冷えを感じる。
手足が冷たい。
だけで甲状腺疾患と判断することはできません。
反対に、
「冷え性だからいつものこと」
と考えている中に、甲状腺機能低下症が隠れている場合もあります。
強い疲れや便秘、むくみ、体重変化、月経の変化などが重なっている場合には、医療機関で相談してみましょう。
東洋医学では、甲状腺の検査値とは別に今の身体を見ます
甲状腺疾患の診断や薬の調整は、血液検査をもとに医師が行います。
一方、東洋医学では、その方が今どのような不調を感じているかも見ていきます。
腎虚(じんきょ)|疲労や冷えが重なる状態
疲れが抜けにくい、腰がだるい、冷えを感じやすいなどを合わせて考えます。
脾虚(ひきょ)|胃腸が弱り、身体が重い状態
食欲低下、胃もたれ、軟便、だるさなどを合わせて見ます。
血虚(けっきょ)|疲れや眠りの浅さが重なる状態
疲れやすさ、立ちくらみ、眠りの浅さなどを考えます。
ただし、
「腎虚だから甲状腺機能低下症になる」といった意味ではありません。
医学的な甲状腺疾患と、東洋医学の体質は分けて考えます。
甲状腺治療と鍼灸は、役割を分けて一緒に使えます
甲状腺機能異常がある場合には、まず医療機関で適切な診断と治療を受けることが大切です。
そのうえで、
治療はできているけれど疲れやすい。
首肩の緊張が強い。
眠りが浅い。
胃腸の調子が安定しない。
妊活や通院の緊張が抜けない。
という身体のつらさが残ることがあります。
そんなとき、
甲状腺の治療とは別の役割として、今の身体を整えるために鍼灸を取り入れる
ことができます。
鍼灸を、甲状腺ホルモンの薬の代わりにするのではありません。
必要な医療をきちんと受けながら、妊活を続けている身体全体を整えていく。
この組み合わせが大切です。
蓮心はり灸堂では、TSHだけを見て施術を決めません
「TSHが3.0でした」
「橋本病があります」
という情報は大切です。
でも、数値だけで施術内容を決めるわけではありません。
当院では、
- 甲状腺疾患の診断や検査結果
- 現在使用している薬
- 甲状腺の主治医から受けている指示
- タイミング法・人工授精・体外受精など現在の治療段階
- 採卵や胚移植の予定
を確認します。
そのうえで、月経、睡眠、胃腸、便通、冷え・のぼせ、疲労、首肩や背中の緊張など、今の身体全体を見て施術を組み立てます。
検査値は医療で整え、日々の身体は鍼灸でも整えていく。
それぞれの役割を大切にしながら、妊活を支えていきます。
今日、検査結果を見て不安になったら確認したい3つ
1.TSHだけではなくFT4も確認する
TSHが高い・低いという数字だけで判断せず、FT4や検査施設の基準値も確認します。
2.「2.5を超えた」という数字だけで自分を診断しない
TSHが2.5~基準値上限程度でFT4が正常な場合、現在は一律に治療すれば妊娠率が上がるとは考えられていません。
薬が必要かどうかは主治医へ確認してください。
3.妊娠希望であることを甲状腺の主治医にも伝える
すでに橋本病、甲状腺機能低下症、バセドウ病などで治療を受けている方は、妊娠を希望していることや不妊治療を始めることを共有しましょう。
数字を怖がるより、「自分の場合」を確認する
TSH。
FT4。
抗TPO抗体。
数字や記号が並ぶ検査結果を見ると、
「何が正常なの?」
と不安になりますよね。
でも、一つ覚えておいてください。
TSHが2.5を超えたから妊娠できない、ということではありません。
一方で、明らかな甲状腺機能異常があれば、きちんと治療する意味があります。
必要なのは、
インターネット上の一つの数字に自分を当てはめることではなく、
今の検査結果を、今の治療状況と合わせて主治医に見てもらうこと。
です。
甲状腺のことも含めて身体を整えたい方へ
甲状腺の数値が気になると、
それだけで頭がいっぱいになることがあります。
でも妊活中の身体には、
甲状腺以外にも、
眠れているか。
胃腸はどうか。
月経はどうか。
首肩に力が入っていないか。
疲れがたまっていないか。
という部分があります。
甲状腺の治療が必要なら、医療機関できちんと治療する。
そして、毎日の身体づくりは鍼灸でも支える。
蓮心はり灸堂では、その両方を切り離さず、現在の治療予定や検査結果も確認しながら施術しています。
「TSHを指摘されて、何をしたらいいのか分からない」
という段階でも構いません。
主治医へ確認すべきことを整理しながら、今整えられる身体を一緒に見ていきましょう。
参考・出典
日本甲状腺学会「潜在性甲状腺機能異常症の診断と治療の手引き(妊娠編)」
日本甲状腺学会「甲状腺疾患診断ガイドライン2024」
日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会「産婦人科診療ガイドライン 産科編2026」
米国生殖医学会(ASRM)「不妊女性における潜在性甲状腺機能低下症に関するガイドライン 2024」
厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)―ヨウ素」

